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風水先進国、沖縄。

日本で風水がいろいろと話題になるようになったのは、ここ20年くらいと思われますが(「ブーム」はここ何年かですけど)、実は沖縄は、風水の先進国でした。

沖縄は、中世から東南アジアの貿易の中継点であったため、風水の情報も自然と入っていたようです。
その中で、17世紀にジィッカ・パッカという中国人が、最新の風水を持ち込んだことから、本格化し始めました。

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彼らは風水看(ふうすいみ)もしくは地理師と呼ばれ、琉球王府の重要な役職として、村落の設計、王族の墓の造営などに力を発揮しました。
中国にも風水の留学生を送るなど、琉球国を挙げての事業だったようです。

やがて18世紀になり、名宰相とよばれた(歴史で習いましたね)蔡温が出ましたが、彼も風水看の出身です。
当時、琉球王国は薩摩藩の組織化にあったのですが、彼は村そのものを風水で設計していきました。

今も、沖縄の集落には、碁盤の目のようになったゴバン型村落というのが多く残っているようですが、それは当時の名残です。

時は流れて明治時代。
廃藩置県で風水看たちは、当然の如く失職します。
それまでは、王府のために働いていた彼らですが、その後は民間に風水を伝えていくことになります。

そうして、昭和の初期までは、沖縄は風水の先進地域だったのですが、第二次世界大戦で壊滅的な打撃を受け、米軍支配下の中で、風水の伝統は急速に失われてしまうのです。
かなり根付いていたようですので、本当に惜しいことです。

風水では、対の獅子(日本全国の神社にもありますね)が魔除けのシンボルとして大きな役割を担いますが、沖縄のシーザーはまさにその獅子なんですね。

獅子を玄関などに置けないときはこれ


assisted by 近代図案